自分よりダメな人を見て安心する

 

 

というよりかは、自転車盗まれちゃって、バイトの行き帰りに時間がかかってつらいけど、去年の今ごろは泣きながらバイトから帰ってきてて、このあと玄関で蹲って一時間泣いてたんだもんな~それより今ずっと幸せ!って思う。

人の幸せは人それぞれだし、私のものさしはちっぽけだもの。

 

就活決まらないし、自転車盗まれて移動手段全部徒歩になったけどまあまあ元気です。

ブログを書くときって自分で思っていることを書き出すと整理できるから悩みがあるときとか、ふとした感傷とかを見る人がいると仮定して文章に書き起こしてあとで自分で見るためにとって置いているようなもの。私にとって。まあまあ元気だったっていうのと、忙しかったのとアナログでたくさん「読まれるために書く」ということをしていたらブログの更新が無になってたね。

 

どんな五月を過ごしてた?

私はね、中学校へ行って教育実習をした。母校だったけど、地震で校舎が建て変わり、ピカピカの小中一貫校になっていた。あのときからいた先生もチラホラ見えたけど、みんな確実に歳をとって私が大人になったからそう見えるのか、先生たちがそう変わったのか分からないけど、先生たちそれぞれの変化が見えた。「適当だな」「怒るんだな」「丸くなったなぁ」「太ったな」「眼鏡になったな」「毛が薄くなったな」

 

中学生ってどんなだろ。年にして言えば7.8.9歳下。妹のひとつ下。教育実習って一緒の学校に何人か実習生がいて情報共有をするらしいけど、田舎すぎて他に教育実習生がいなかったから妹から事前に話を聞き出した。さすがクラスで一軍にいそうな顔しているだけあって情報がえぐかった。社会の先生が太ってて「給食食べた後なのに耐えられなくてトイレで吉野屋の牛丼食べてるって噂流れているらしいよ」って絶対嘘じゃんて思うバカみたいな話を聞いて、その先生を前にしたら想像しちゃって笑いをこらえるのに必死で最低だった。

実際のところ、中学三年生は家にいる妹より大人びて見えるし、たぶんこの子たちも家にいればもっと子どもなのかもしれない。中学一年生はほぼ小学生でわあわあ喋るからえへえへ聞いていた。絶対嘘じゃんと思う噂に笑いをこらえるのに必死になるあたり私もまだこっち側なんだな…と思った。でもたぶん中学生のころだったら笑ってなかったような気もする。

私が中学生の頃より給食費が一食あたり100円くらい値上がりしたらしく、しかも今回支払うのは自分だったので「ごちそうさまでした」の後も貪欲に全部食べきることを頑張った。一週間遅れで小学校に教育実習しにきた同級生の友達と給食とか道徳とか部活とかで盛り上がったのが面白かった。

「今日の給食さ、チーズ入ってるのにめっちゃびっくりした!」「分かる!大豆製品かと思った!進化してて感動した!」って21歳で給食の話をさ、当時も仲良かった友達と話せるなんて幸せなことなかなかないと思うよ。100円の値上がりもこの思い出が買えたと思うと安い。

美術の授業を見学して、中学生が手を鉛筆で擦れて真っ黒にしていて「汚ねー!」って男子同士で言っていてそれに対して「頑張った証拠だよ!」って叫び返していていいねと思ってにこにこした。別の学年の帰りの会で話をした。「汚れや怪我や傷を汚いだけじゃなくて頑張った証拠って捉えられる見方って素敵だなって思いました」って言った。

帰りの会で「今日の反省」をぽつり、ぽつりとその日一日あったこととそれに対して思ったことを話した。言いたいことが伝わっただろうか、あの言葉を入れたかったけど忘れてしまったとかたくさん反省しながら、緊張しながら話をした。中学三年生は大人びて反応が見えない。でも、私が一生懸命話をしているのに対して背筋を伸ばしてこちらをじっと見て聞こうとしていることはとてもよく分かった。

最後に寄せ書きをもらったときに「先生の帰りの会のお話面白かったです」「先生の帰りの会の○の話忘れません」と書かれていて、どんな風に、かは分からないけど目に見えるようにちゃんと聞いていてくれたことだけはよく分かった。最後の帰りの会でエールを送られて、校歌を歌ってもらった。一緒に歌った。合唱をする機会って大人にはないなぁって思いながら、でも私やっぱり音痴だしなって笑った。

なんとなく距離は遠くて近くはなれなかったけど、この距離のまま私はあのクラス、あの学校が中学生の時とは全く別の意味で大好きだと思った。そんな二週間を過ごしたよ。

君の五月はどんなだった?