メーデーメーデー

 

 

「あっ いいこと思いついた」「なになに?」「ひみつ。」「なんだよ〜」「  否定されたらやだもん」「 あー 。

 

 

 

 

 

この時点で私は否定する人間だと判断されているわけで 否定しないよとは言わない。それこそ否定だから。涼しい風が私と彼女の横を通り抜ける。歩幅は変えず、進路をかえて別れる。まだまだだなあ って溜息がでる。

女の子って気安く抱きついて来るけど、抱きしめられてもやっぱり掴めない距離で、手を握っても、伝わったのかなんてわかんないし、私というよりかは私の肉を感じたくてハグしてくるんだよなぁ。友達が言ってた「彼氏以外に触られたくない」の声がふわふわする。愛にしか答えたくないんだろうけど、不安になったときに頼られ、他の子には言えないような友達の愚痴を聞かされる私はどうすればいいわけ。結婚式にも呼ばれなくても、一人で泣いてるところを見られても、ヘラヘラしてそうな自分がいる。

教室の中は、東側と西側に二手に分かれてみんな作業をしている。仲が悪いわけではないんだろうけど、交わろうとする時、きっとどっちも何かのスイッチを入れる。

 

「すみかは私たちと一緒じゃないじゃん」

ふぅんそうなのか。東側にいる人も西側にいる人も声かけてくれるのに私の席はない。じゃあ、私は誰と一緒なの?

「ねぇ、暇でしょ?」と、用意された席は誰かの穴埋めでしかない。言えないことも言いたいこともない。話してる途中でどっか行くね、聞き返さないし、これでおわり。「袋いりません」って言ったのに、牛乳パックは袋の中。私の声が小さすぎるのか、でも返事したじゃん空返事してんじゃないよ。誰も私の話なんて聞いてないじゃんって心の中で八つ当たりする。 どうでもよくない?なんで私なの?そこらへんに人なんていっぱいいるじゃん誰でもいいんじゃないの、なんで私なのなんで私なのなんで私なのなんで私なのなんで私なのなんで私なのなんで私なのなんで私なのなんで私なのなんで私なのなんで私なのなんで私じゃだめなのなんで私じゃ誰のいちばんにもなれないの

このままひとり ふわりどこまで行かなきゃいけないの

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

常識 - 自分を守る術

 

 

「お前、いつも媚び売っているよな」

ウケるウケるウケる目障りなんだろうな どうでもいいけど

 

 みんなの話を聞くのも、聞いて相手が満足するような答えを返すのも、何言われても悲しい顔しないようにするのも、適当に笑うのも、大きな声で歌うのも、勉強するのも、化粧をするのも、自分の時間を大切にできないのも、リストカットしないのも、頼まれて「いいよ」っていうのも、全部全部全部誰かと関わらなきゃ生きていけないこの世界から自分を守るため

健康・元気・明るい・大人しい・聞き分けのいい・手間のかからない・清潔・大きい声で話さない・悲しいことなんかない・寂しいことなんかない・一番じゃなくても大丈夫・丈夫・なるべく器用・できるだけ安く・みすぼらしくなく・みんなができることは当たり前にできて・当たり前が分かっていて・泣かない・怒らない・死なない・挨拶ができて・返事もできて・死にたくなくて・ほどよく真面目にふざけて・遅刻せず、学校に通っていて・仕事をしていて・家族を大切にしていて・友達がいて・恋人がいて・お金がかからない趣味があって・朝起きて・夜は寝て・外にでて・人の目に触れても不快に思われぬように・「ありがとう」「おつかれさま」「大丈夫」

 

 

よく知っている街を歩く。車で通るより、自転車・自転車より歩き。より鮮明にゆっくり記憶されていく。

地元の解像度が高くてムカつく。田舎にいけば行くほど、電灯は少なく 星の数は多く 虫の声は響く。携帯でみた動画や画像の話、おまいの友達の恋話、退屈。自撮りのために近づいて窮屈。おまいの甥っ子の話聞いてて幸せいっぱいで私の心は卑屈。これが続いていくなんて憂鬱。「自車校の教官、「子どもが成長したら奥さんと別れる」って言っててまじクズ」「クズだね〜」俺の父親もこないだ同じこと言ってたなあ なんて愛想笑いあといくつ?

 

 

つみ重ねてきた過去がなんだっていうの

 

 

なにやってんだろ

本業は学生だがハローワークにきた。みんな真面目な顔して職を探しに来てる。ここにいる大体のひと、支えあう家族や大切な人がいるんだろうなって想像しながら 待ち時間私はこの文章を打っていた。

隣に座った女の人は白髪がチラホラ見え、相談している女の人の背中には赤ちゃんと前にも子ども抱えていて、別なところで説明している声はゆっくりはっきり聞き取れるように聞こえてくる。中年のおっさんはみんな猫背だし、書類を見ているか中を見てる。顎引きぎみで

周りを見渡して考える。本当になにやってんだろ、はやく帰りたい

 

実家へ帰った。母に自分の思ってること話したら「人の悪口ばっかだな」って散々私の悪口言われた。自分の思うことは正しくない もうしゃべんない

 

妹と10日くらい一緒に寝た。毎日、自分の寝つきの悪さをもてあましてはいらないことをたくさん考えた。

寝つくまで妹は色んなことをたくさん話した。親友が学校にこなくなったこと・自分がどんな風に学校で身をこなしているか・人は死にたいと言い出してもそう簡単に死なないということ とか本当に誰にも話せないんだろうなみたいなことたくさん聞いた。ふと「お姉ちゃんは自分のこと話さないよね」って言ってきた。女はだいたい自分の話を聞いてほしくて、共感してほしくて、自分がほしい言葉をくれる人が好きでしょう。内心、全部「ふーん」だし、私の意見はここにない

「言ってもどうせ誰も助けてくれないからね」6年も先に生まれてこんな結末を教えて本当にだめなお姉ちゃんだな

 

バイトをやめて制服をクリーニングに出した。前バイトしてたクリーニング屋さんに持ってったけど気づかれなかった。有線で星野源の「肌」が流れていて、二年前も星野源の「SUN」が流れていてたった二年なのにねって思いながら店を出た。

袋を持って来るのを忘れて自転車のカゴにパッと入れる。袋に包まれている1年10ヵ月お世話になった制服を見て 本当にもうやめるんだな 私、がんばれなかったんだな あーあって思ってたらガコンと自転車の音がした。振り返ると0.1秒くらいあっちもこっちを見て目をすぐそらしたので、私も向き直す。暗がりでよく分かんなかったけど たぶん、最後に「また会えたらいいね」って連絡くれたバイトの人だ。七時からのシフトなんだろうな

もう違う時間を生きてる。 私、週末のバイトが多かったから必然的に他の人たちがその負担を背負うよね、ごめんね。たぶん、もう見かけても私から話しかけられるようなことはないと思うけど、連絡くれてありがとうね 口頭で伝えたい気持ちはたくさんあるよ。あるだけ

 

会いたい人が目の前にいても声がかけられない。中1の時の顧問の先生がもうあと3メートルくらい前にいて、演奏が終わって渋い顔が表情から溢れている。私はそれがこわいと口では言ったけど、私の近くに私とその先生とのやりとりの様子を見るこんな理由を言わなきゃいけない状況じゃなければよかったのにな

 

一人の方がフットワーク軽く、一人の方がより独り。

 

「すみちゃんとここ最近仲良くなったような気がする」大大大大大正解

「勝手にわかったような気になってるやつとは距離をおくしかないな」あなたはまじで私のそれ

なんでずれるんだろう

人 人 人  人

 

ずっと頭のなかで妹は小学五年生くらいの気持ちだったのに、死にたいと言っても人はなかなか死なないことを知っていてそれを私にいう強さがあって

高校生の頃、全然泣かなくって いや、たまに泣いてたんだけど、おとなってだんだんこうやって泣かなくなるのかなって思ったけど、ハタチになってから月2くらいで泣いていて

言いたいことがひとつも言えない人に信頼されていて、遠すぎる未来の話までされて

私は誰とも繋がっていられる未来なんて見えないのにな。みんな視力いいんだね

 

「低気圧のせいで」って聞くたび、低気圧がこわくなるね。何かに理由があれば安心するそれは、これからも続いていく毎日を諦めない証拠だね

 

「このまま眠りについて起きなくてもいい」って恋人がいないかわりに呼び出された私の横で早くもスースー眠っている友達に言われて、私はまた全然眠れなくなる。寝れなないよねぇ 時間が流れるのがすごくこわい

 

Jアラートがなるたび、お母さんから「安全なところに避難して」ってライン来る。ミサイルはやく世界を終わらせて たかだかこんな世界をはやくどうかはやく

左の目のまわりにあるほくろは浮気ぼくろって

 

 中学生の時よりタレ目になった気がする。

久々に会った友人に寝坊してアイメイクしてないから化粧室につきあってもらう。

「左の目のまわりにあるほくろは浮気ぼくろなんだって。だからね、このうんと小さい左の目の端のほくろまでアイラインひいてんの」

「それは結構上にあってつり目になるからやめとき!」

冷静なアドバイスだ。私はすーぐ言われたことを気にしてあれこれ考えてしまう。

このほくろ、もともとは目の端のど真ん中にあって、昔はタレ目かツリ目か論争になったとき「どっちでもないよね」って言い渡されてたんだけど、歳をとって「タレ目だからかな」って「たぬきに似てるね」って言われてすごい複雑な気持ちになった。ほくろもなんだか上の方へ移動してるし。

七年かけて上へ移動したほくろと言われたことをすぐ気にしてしまううつろいやすい心がこの小さなほくろが暗示しているのかな、なんて思う。

こんにちは、20回目のくがつ

 

9月1日に18歳以下の自殺者が多いなんて言われたら自殺する人増えそうじゃない?同じ日に死ぬ人がいるならひとりじゃないかなって 死ぬときくらいって 考えたりしない?しないか。みんなどうせ知らない人だし

 

夏休み、変わっていくみんなを横目にボーッと流れて、スーパーで買った抹茶アイスは家につく頃にはトロトロに溶けてちょっとイラリして 私には何が残ってこれから続けていけるのか考えている。考えているだけで、なにも先に進んでいない。溶けたアイスのなかに塊はない。

晴れた日に自転車こいでるときの自分の揺れる長い髪の影がなんだか好きだった。

この世にこんなに優しい人がいるんだってびっくりした。誰にでもそうなんだろうなって こんな人がいることが暗い社会に光があるような気がした。私はいい人じゃなくて不信第一の、更に私はいっぱいいる人間の中のひとりって思ってた。あまりまわりが見えなくなってて もう会わないだろうなって思いながら「さみしい」と言われて あ ってやっと気づいた。いいたいことをちゃんと伝えて、私の意見をちゃんと聞いてくれるところが好きだなって思った。もうおんなじ目線になって話してくれる人なんていないんじゃないかって思ったら急に怖くなった。

「いつでも会えるしね」は結局たぶんどちらかが努力しないと会うことなんてなくて ライン消しちゃえば全部消える関係でしかない

焦って電話かけてくれたあの子が好き なんかずっと片想いだ。

大人になったら泣くことなんて少なくなるんだって思ってたのに20にもなって月2.3のペースで泣いてる。息を吸うのも苦しくなってまくらも冷たくて海に沈んだみたい。過呼吸になって死ぬのがこわくなって、調べて泣いてしぬことなんかないんだって知った。

さてはて

本屋さんのポイントカード三倍期間が終了して、私以外の家族みんながひとつ年をとり、1年9ヶ月続けた五里霧中なアルバイトをやめて、形式が変わった試験に落ちて、罪悪感を抱えたまま1000円割り引きされたセールのベージュピンクの大人っぽいサンダルを買って、来年の教育実習のお願いに行き、御社君にメールを打ち、破れたストッキングは全部捨てて、冷蔵庫に忘れたヨーグルトを残して、背中まであった髪を切って、具体的な感想を言われれば言われるほど似合ってるのかどうか分かんなくなって、左目の上に小さいほくろができた。

水着も浴衣も着なかった

入道雲を見た記憶がない

花火も海も画面の向こう側

さよなら、20回目のはちがつ

まだ生きる 超生きる

 

 

髪を切ったら寂しくなった

 

ヘアアレンジをしない ヘアアイロンを持っていない 髪の毛染めても気づかれない 縮毛強制しなくてもしてるように見えると言われたことあるし

 

髪を切るたび、なんか散々だった

幼稚園の頃はそれが原因で友達ができないんだと思っていたし、「伸ばしたい」と母に自分の意思を初めて伝えて、母が選んだ白地に花柄の丸い飾りがついた髪ゴムでおさげにしてもらえるようになった頃には少しだけ友達ができていた

髪を切るたび、なんか散々だった

伸ばしていたのを、おばあちゃんにつれられて美容院へ行き、「もうやめてほしい」と言えなくて切られ過ぎて毎朝「学校行きたくない」と泣いた小学校三年生。短髪に黒板に頭打ってたんこぶつくってその日に集合写真とられて、写真の中の私は完全にカメラを睨み、顔に「とてもふきげんです」と書いてあった

髪を切るたび、散々だった

中学に入る前に渡された生徒手帳に「前髪は眉上」って書いてあって生まれてこのかたずっとパッツンで生きていた私は律儀に守った。しかし、みんな「そんなこと書いてあった?」とぬかしていた。本当に本当に本当に前髪早く伸びろの呪いをかけた。

このときからたぶん、髪の毛ってガードというか、自分を守るためにあるような気がしていた

髪を切るたび、散々な気持ちになった

高校生のとき、バッサリいった。お世辞で誉めてくれる人もいたけど、親友に「すみちゃんは髪長い方が女の子らしいよ」とか、席の遠い好きな人が隣の男子に「長いのと短いのどっちがいい?」と聞かれて「長いの」「聞こえてたらどうするんだよ」「聞こえてないって」のやりとりを聞いてクラスに髪を切っていたのは私と、彼の斜め前の野球部だったのでなんかもうどっちにしろゴッシャゴシャな気持ちだった。

それからなんかずっと伸ばしていた。成人式あったし。

それから彼にその丸聞こえだったことと好きだったことを二月に伝えた

不都合なことは全部短い髪のせいにしてた

やっと髪の毛を切った さようなら みれん

五年前の切った時より四キロ軽くなった

はやくきてね あたらしい恋

私が眠るまで起きててね

 

 

小さい頃よく言ってた。寝付きがわるいくせにひとりで夜を過ごせないから眠るまで起きててほしかった。

ひとりっこだったとき、私は両親に挟まれて寝てた。そのときも寝付きがわるくて、足をジタバタさせていて両親に片足ずつ挟まれて眠っていた。あんしんしていた

弟が生まれて、母親の隣ではなくなった。妹が生まれて更に母親が遠くなった。5人家族になってどんなに布団を敷く順番が変わっても母親の隣になることはもうなかった。弟、母、妹の順のどっちか端に私、父と続くのだった。

 

小学四年生のとき、ど田舎へ転校生がやってきた。男子六人、女子二人の中に女の子が一人増えた。

中学二年生になったとき、後輩ができた。黒縁眼鏡の目がきゅるっとした小学校一緒だった女の子。軽率に嘘をつく子だった。あんま好きじゃなかった。

 

わたしはずっと自分より「下」「後」が生まれることが本当に恐怖だ 今も。親も友達も先生もみんな、私のことなんか見なくなる。

母の隣は弟のものに、先輩はより下の後輩と練習。女子が三人になって喧嘩したら一対一だったのが二対一になって必ず一人だった。

孤独が浮き彫りになる。今も昔も自分の場所を確立するので精一杯だ。

 

高校二年生になったときも後輩ができた。すごくクラリネットが上手な子が私の後輩になるのかと思った。どうしようと思っていたが、一年生の楽器担当を決める偉い人たちがその子をユーフォニアムに配属して、私の後ろには緊張しいの人見知りの激しい初心者の女の子がついてきた。

その子とは目が合わない。口もあんまり聞けない。三年生に散々教えてもらっているのに緊張しすぎて基礎合奏で先生に当てられると音がだせない。先生がイライラして更に音がでない。そんな風に二ヶ月くらい過ごしているのを横で見ていた。三つ子とはいえ、どうやって生きてきたんだろう 喋らなくても意思の疎通ができるのだろうか。でも、兄弟だけで世界は完結しないでしょうに。なんてぼんやり思ってた。

ある日、夏の大会で三年生が引退することに気づいた。分かっていたけど あ、やばい このままじゃ一人になるやっと気づいて焦った。このまま三年生が教えてきたことができないことが今度は私の責任になる。だから、傍観者をやめて話しかけた。ビシバシ教えた。アドバイスしただけじゃ自主練しないから外へ連れ出して一緒に練習した。音がでるまで待った。一緒に吹いた。先生にも「怒られると更に緊張しますよ」って言った。同級生の憐れみの目なんか気にしなかった。自分のために、この子を変えてみせる それだけだった。

二年間、正直めんどくさい先輩だったと思う。何回か(意図せずに)泣かせたし、私も一回泣いた。「後悔してません」と言ったら私は「めちゃくちゃ後悔してそれをバネに来年こそ県大会へ行ってほしい」と言った。嫌な先輩だな~

それでも、たくさん一緒に路頭に迷ったのだ。慣れないことをたくさんした。後輩に自分からなんて話しかけないし、教えるのも苦手だ。だけど、教える立場になって気づくことがある。

「リードミスはいい音を出そうとしていることだよ もうちょっと!がんばれ」って本当かどうか今になって分かんないけど、あれは私に自信をつけさせるための言葉だったんだなってやっと気づいた。諦めずに吹き続けて音がでるようになった。二個上の先輩が本当に大好きだったし、今も尊敬している。

私たちが卒業するときに、一年生と二年生だけで「ウルトラソウル」を演奏してくれた。みんなが笑いながら彼女に「本当に成長したね!」と言う。「よかったねぇ」と思う。もうひとりで大丈夫だね 後輩ができたら教えられるね 先生も困らないね 笑いながら部活に来れるね 本当によかった

君ができるまで一緒にいたよ

わたしが眠るまで一緒に起きててね