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ラインのトーク消す派?消さないでとっとく派?

 

初めて手にした「自分の」携帯がすでにスマートフォンの現代っ子

手にしてから半年くらいでクラスの仲がいい子に教えてもらったライン。始めたばかりのときはクラスの人ほとんどやってなかったのに、もうみんなラインやってる。大嫌いなラインのはずなのに便利な時代にこの間大変感謝した。

さて 私はラインのトークをガンガン消す方の人間です。ラインに限らず、カメラロールだって消すし、メールも用がないなら消したり消さなかったり。なんなら、自分から用事がなければラインの友達かも?は追加しない。容量に困っている訳ではないけど、見返すと「授業の出席カードに名前書いといて!」しかトークの内容がないと、友達とは…?私はもしかしてパシ…………と息絶えてしまう。人を考えすぎて情緒が不安定になるのでたぶん向いてないのだ。

今日は課題で徹夜だー!オールだ!と戦いの夜に友人三人から徹夜で作業をする旨の連絡がきて、一人の戦いじゃないんだ~と浮かれていたら深夜一時頃みんな急にパタリと連絡がこなくなる。全員が顔見知りじゃないはずなのに。急に寂しくさせないでくれ。

 携帯電話が身近にあることで人との距離を近く感じるように錯覚するけど、結局のところそれぞれの生活があってそれぞれのタイミングがある。私だって朝七時くらいにやっと終わって二時間寝るか…というタイミングで「寝てた。授業中やらなきゃ。赤点かも、やば」なんてラインが着たところで返信はしない。イライラしてるときには返事をしないことにしている。おやすみー!と叫んで目覚ましをセットしてやっとの思いで眠りにつく。

携帯を持ちはじめて五年目。自分の習慣と人との複雑な距離の取り方をようやっと図れるようになってきた。ラインは嫌いだけど、時間を合わせてやっと電話がつながったとき、なかなか現代ぽくない感動を味わった。気軽に電話できない相手の声を聞きながら自分の気持ちを伝えたとき、手にあるこの携帯電話がすごい機械なんだなってしみじみしながら文明に少し感謝したのである。

 

特別お題「おもいでのケータイ」

sponsored by KDDI

5%オフで欲しかったもの

 

本当に欲しかったものはなんだっけ

 

イオン系列や某薬局で5%オフの日に買おうって思ってもその日になったら何が欲しかったのか分からなくなる。

本当に必要で欲しいものはその場で買っちゃうのに、いつか、また今度ってすると結局忘れてしまう。お財布と相談して節約をしようにも、だいたい買えなくてまた次の5%オフの日に、と先伸ばしにする。今日もお風呂用洗剤買えなかったことを思い出した。

 

本当に欲しいものはその場で買えばいい。手にいれればいい。

これができないからいつまでたっても大人になれない私は立ち止まっては困る。あ、シャンプーないんだったって気づいて夜中に買いに自転車を走らせては虚しさを噛む。

人間関係はこれに似ていて、まあ、あとで伝えればいいか、とか何も言えないままその場に立ち尽くしてる。五パーセントオフの つまりは相手の気分や顔色、伝えるべき場所、あらゆる場面でここだっていうタイミングを狙って人と関わってたら本当に欲しいものはさっぱり手に入んなくて私はついに泣きべそをかいてしまう。ただただ助けてと言えなくて「泣けてよかったね」なんて言われてそのまま家で一人過呼吸を起こしては外に出るのがこわくて震えてる。五パーセントオフなんてなくていい。泣いて苦しくて でも生きる。現金で欲しいものを原価で買う。お金も時間もないなら別のところ削るし、そのための努力をする。伝えるタイミングを作る。多少のわがままが許されるような いいこじゃなくても可愛く生きられるような努力をする。

明日はご飯を食べる。久々にお米をセットした。今日はもういいでしょ おやすみ

 

初めて行った献血で色々貧血

 

 ずっと献血に憧れていた。別に注射が好きなわけではないけど、親がしているのを見て小さい頃は泣いてたらしいけど、ずっとやりたいって思ってた。

 初めての献血は仙台のアエル。ガラス張りのビル、確かF12。二階の入り口の庇には大きなヒビがはいっていた。一週間くらい前に報じられた 私と同じ歳ぐらいの女子大生がビルから転落して、とび降り自殺の疑いで調査を進めているというニュースを思い出した。F12から見る仙台の景色は灰色で小さい四角い建物がずっとずっとどこまでも敷き詰められているんじゃないかと思った。私はどっちから来たんだろう。あいにく天気は曇っていて街は人なんか住んでないんじゃないかって思うくらい濁って見えた。さっきまでいた地上とは違う世界なんじゃないのかってクラクラした。献血のあとだったから貧血だったのもあるのだろうけど、人の命を救うための活動をしているこのビルで人がとび降りて死んでしまったこと。 SNSで「死ぬなら人に迷惑をかけないで死のう」って「自殺はダメだけど人に迷惑をかけるのはもっとダメ」ってつぶやかれているの見て いや、自殺の方がダメだよって人に迷惑をかけてでも生きていて欲しいって、ていうか薄情だって思って そう思って生きてっていいの?ってわけわかんなくなってまたクラクラしていた。私とそう歳も変わらない子がもしかしたらここよりも高いところから、落ちたという事実と自ら日々の生活を終わらせようとしたのかもしれないということ、それを死ぬのならと仮定して、他人をどうとか考えられなくて、ただただ怖い。死のうと思ったのは、そこまでに至るそれがあったから。人が自ら死を選ぶこんな世界からでるその意見は当たり前として取り上げられるのかな。大きな声の人の意見だけが届くだけなのかもしれないし、既に毒されているのかもしれない。無力だなって、ヒビを見つめてあの高さを思い出して「顔色悪いよ」って言われて我に返って考えるのをやめた。

 いや、やめようとしたけどいっぱいいっぱい抱えてしまって誰かにこれを軽くしてもらいたくて、隣にいた妹に言った。「ここでとび降り自殺をした人がいるんだって。あれはそのヒビなんだって」って。この子はどう考えるんだろうと思うのと2秒くらいあとにひどいお姉ちゃんだなって後悔した。こんな小さい子に自分の持てないものを持って欲しいと思うなんて。

妹は、「いじめられたらすぐ帰ってくるんだよ」って言って私の手を握った。

 また色んなのが溢れてきてぐちゃぐちゃになった。「うん。でも、いじめられるくらいなら学校行かないわ」って妹の手を握り返した。妹は私の顔を見て、笑い合って心が痛かった。

どっちがお姉ちゃんか分かんないなって思いながら、「ありがとう」って言った。

 

どうしようもなく陽はまた昇る

 

 黙祷をするべき時間に目が覚めた。「死にたい」と自分を呪っては眠れなくなった。いっそ泣ければいいのに、泣き疲れて眠れてしまえばいいのにと思うけど涙もでない。やっと日が上って明るくなった頃、眠りについた。完全に昼夜逆転だ。友人と気まずくなる夢を見て目が覚めたらその友人からのラインが着ていた。

 テレビをつける。どうかこの世で自分ひとりがこの日を迎えてしまったのではないということを確認する。NHKの画面の右上のliveの文字に安心する。これがテレビの嘘でもいい。曖昧な不確かな嘘か事実かも分からないことに救われて生きている。

 毎日のようにめそめそしては 泣いても何も変わらないのだと気づく。泣いて過呼吸になったってそれは精神的な問題だから死なない、安心しろとインターネットに書いてあった。泣いたって何も解決しない。死ねないのなら次どうするか考えなければならない。「今 死ぬとして現状に満足しているか?」と問われて、「満足と言うよりかはもういいか(悟り)」の気持ちが大きい。得体の知れない痛みから逃れたい。「社会の役にたちたいと思わないか?」と問われて「こんな社会の役に立つことよりかは、社会に殺されかけている人を救いたい」と願う。この人と話してていいのか分からない。ただ、分かったことがある。私は心の底から人を憎んでいるが同時に人が好きであるということ。

 されて嫌なことはしない。自分があぁだったらいいのに、こうだったらいいのに、と思うのだからそれに従って生きていきたい。泣いている人がいたら「大丈夫だよ」って抱きしめたい。ひとりで泣くのはくるしいから くるしいことを知っている私だからこそできることがあると信じていたい。

嘘。本当は早く誰かに救われたくてそれを願っているだけ。

大人になるな

 

 

あぁ もうこんなに月日が経ってしまったね

高校時代とか中学時代の制服を着てた頃のもう戻れないって知ってることをふと ふり返るとかけがえがないことのように思える。

引き返すことができない一本の道を歩いてる。当時はそのことが分かるようで、でも近すぎて分からなかった。三月にくる「お別れ」でも、ハタチになったら成人式で会えると思っても来ない人もいてさ。ここで「バイバーイ」ってしたら次、会えるのはいつ?って。私に「会いたい」と思って連絡をとってくれる人なんていないでしょ。私は自分から「会おう」って提案しなきゃ誰からも連絡がこない魅力がない人間だ。誕生日のメールとか顕著に現れるでしょ。でも、誘ったら遊んでくれる友人もいる。だから自分の意思に従って行動しなきゃならない。更に理性の範囲で。

大人になってしまうんだね

我慢したり、笑えなかったり、あの頃を話しているなんてさあ、可笑しいね。青いジャージを着ていた姿を思い浮かべてなるほどね、なんてね。

三年に一度不審者に声をかけられるのもそれはだんだん「ナンパ」になって、補導される年齢も「18歳以下」だということ、年をとってもう関係ないんだけどねとは笑えなかった。「危なかった(笑)」にしとく。

ハタチ、二十歳。

「その年でそれはあれだからもう妹にあげたら?」と母の一言。20歳になって急に言われ出したことではないけど、周りの目を気にしなければならないのか。三編みしてたら意味深な目で見られる割りに髪染めたら「黒の方が若く見えるよ」とかどっち!って思う。

大人にならなきゃいけないのかなぁって意識変えなきゃなって思うことを伝えたら

「最初はそう思ったけどやめた。自分らしさがなくなる」

と言われた。身近な年上に。年上だと感じない年上に言われて年上だと思った。同じ時間を生きてるように思ってもやっぱり私の方が短い。簡単に嘘をつかれるし、ハッとさせられることも多い。

持っている自由を抑制するのは私だけど、自由に生きる術をなくさないように奪われないように意識して行動しなければいけないのも私だ。考え方を打ち込められてできあがるなんて嫌だ。「若い」「女」武器を振り回して一人っ子らしく今を生きるんだ。私は一人っ子。お下がりなんてもらわないし、気に入ったものも妹になんてあげない。制服を着ていた私の延長上を歩いているだけ。前を向くために後ろを振り返るんだ。1㎝も延びていないのだ。届かないときにちょっとだけ背伸びをすればそれでいい。

読書感想文で夢を叶えた話

 

 

やる気はあるけど、進まない夏休みの課題部門、しぶしぶスタートダッシュを切ったもののまとまんなくて途中で投げ出したくなる宿題部門、一生懸命書いたけど、なんの感情も残らない課題部門、三つ一位。三冠達成おめでとう!

 

お題「読書感想文」

 

どくしょかんそうぶん

あまり好きじゃなかった。小学生と中学生の時合わせて2回くらいクラスで選ばれたことがあるけど、読んだ本に書かされている感じがするし、選ばれても、お母さんは「本が良かったんじゃない」て言ってたし。

でも 聞いてほしい。

人生で最後に書いた読書感想文が小さな夢を叶えた。

 

それが夢になったのは高校一年生の10月くらいの集会で壇上に上がって表彰されている友人を見て うわーすごいな〜 一年生なのに こんな大人数の中から選ばれて みんなの前で校長先生から直々に賞状をもらえるなんて!とよく私に廊下で抱きついてくれた友人を体育館のたくさんの生徒がいる列の前から6番目くらいから見上げて感心したことがきっかけだった。前の方だったから感動したんだろう、ちゃんと見ていたのだろう。私もあそこで何かもらって見上げられたいって思った。当時は元気にツイッターをしていたけど、ネット上じゃなくて現実で選ばれて特別になりたかった。

壇上に上がって賞状がもらえるのは、だいたい大会で成績を残した部活の部長とか、検定で一番難しい階級を高得点でとった人だ。まず無理な気がしていた。副部長になったけど、部長がその集会の日にピンポイントで休む確率は低いし、代表の名前を呼ばれたあと、その担任の先生が「休みです」とぼそっと言ったあとに「じゃあ、副部長の方...」と言われて壇上に上がるのは嫌だった。私の名前を呼ばれてちゃんと返事をして壇上に向かいたかった。

話を戻して、友人が一年生の時に壇上に登って賞状をもらったのは読書感想文だった。

読書感想文で表彰されるのは10人。各学年3クラス、1クラスから2人が指名されるらしい。3学年×3クラス×2人=18人の代表の中からさらに10人に絞られる。八人は教室で惜しかったねって言われる。全校生徒270人くらいの中から10人がステージで表彰される。

高校三年生の時にそのちょうど10番目に選ばれた。

朝井リョウさんの「桐島、部活やめるってよ」を読んで、スクールカーストと叶わなかった夢を混ぜて書いた。当時、私もスクールカーストを気にしていた。中学時代から仲の良い友人とクラスではあんまり話さず、二人とも違うジャンルの子(運動部と文化部みたいな、私が底辺であの子が最上部みたいなところ)と仲良くしてるけど、バスの中ならふたり隣でたくさん話してて、これを周りから見たら違和感なんじゃなかろうか。と一人で気にして勝手に時々遠い存在のように感じていた。入試の願書を書くにあたり、「私の長所と短所はどこだと思う?」とその友人に聞いたところ「周りを気にしすぎて自分の意見を言わないところが短所。もっと積極的に自分の意見を言いましょう」と教室で先生みたいな口調で言われた。

わ、ってなった。目が覚めたというか、遠く感じていたけど六年間の付き合いがある彼女にはお見通しなんだなってことが嬉しかった。分かってくれている人がいること、それがちゃんと信頼できる相手であることに救われた。嬉しくてちょっと笑いながら「ありがとう」って言った。長所はなに言われたか忘れた。

スクールカーストと友人の言葉に救われたことそれから叶わなかった夢(さよなら三角、またこなくとも)について書いたような気がする。大分覚えてない。タイトルが「私の小さな世界」で賞状をもらうとき読まれて死ぬほど恥ずかしかった記憶がある。

私が高校三年生で賞状をもらうとき、一年生の頃、私の夢になった友人はベスト3に入ってて「流石だな~」と思った。ギリギリ賞状をもらえたことでも何より願ったことを叶えたことがちょっと誇りだった。緊張した。私のタイトルのせいで注目の的になっているかしら、でも、校長先生の目をちゃんと見てお辞儀した。どんな顔していたんだろうわたし。

あれから丸2年 

 もう読書感想文を書く機会がない。だから本を読むのに気を負う必要はない。フットワーク軽く借りたり、買ったり。本屋さんにはたくさん本があって自己啓発本を買おうにもどれが私の人生を変えてくれるのか分からない。カラフルなジャケットを着た夏目漱石よ、私はどれを選べばいい?答えはないし、胡散臭いし、こんなデザインずるいわって失笑した。でも、一冊の本に集中して自分の人生を重ねてみると何か見方が変わるかもしれないし、夢が叶うかもしれない。読んだ本は経験としてなくても、共感できなくても、反面教師でも、すべて私の味方になると信じている。

 

煙草

 

「煙草吸うんですか?」

なんの気なしに聞くこともあれば、なんか不思議な匂いがする相手にも聞く。だいたい外れる。まあ、煙草ぽい匂いではないなと分かってはいるのだけれど。

「逆にあなたは吸ってるの?」

と問われる。もちろん「いいえ」。一箱四百円・スーパーなんかでたばこの税金で街が成り立ってます!というポスターを見かけてバカだと思うし、私にはそんな贅沢する余裕はない。クソガキも吸うんだろうけど、煙をまとって人に言えないあらゆるものを吐き出す形のストレス解消は大人の特権だと思う。目の前の大人が抱えるストレスを煙を見つめて考える。私にわかりっこないんだとは分かってるんだけれど。

バイト先のマネージャーが外に出てるときは煙草を吸っている。私があの失敗をしたせいかな、とか考えていたけれど、そんなピンポイントでストレスを感じて吸ってるわけないと信じたい。ほら、やっぱり、わかりっこない。

ある日、居酒屋での同じバイトが若い女性客を指して「あの女の人、煙草全然吸わなさそうなのに吸ってる。意外だ。」と言い、ふむ、全然吸わなさそうに見えてもそれぞれストレスを抱えているんだと思うけど「確かに」と答える。それから「居酒屋のバイトを始めてから煙草の匂いが好きになった」と言われ、ほう、「私は目に滲みて痛いな~としか思ってませんでした」て言ったあと一ミリも吸う気はないけど「煙草を吸ってる女性が好きなんですか?」と聞いてみた。「いや、そういうわけではないんだけれど、匂いは好き」なぁんだ、煙にまかれて見えなくなるミステリアスさやアンニュイ感が好きとか言ってくれたら私も煙草を吸う女性に興味が持てたのに、「そうなんですか~」あ、でも、吸った煙草にほんの少し残る口紅の淡い色が好きかも。関係ないか。

匂いねぇ。煙草を吸っていた頃の父の枕は私と母と弟から嫌がられていたなぁなんて考えながら「煙草ってなかなかやめられないらしいですね」「姉がそれが原因で彼氏と別れたって言ってた」「やっぱり難しいものなんですかねー」

「難しいんじゃないかな、好きな人に言われても」

友達の彼氏もやめると言いながらいつまでも窓際に灰皿変わりのコーヒーの缶があって友達を不安にさせてたなぁ。ほら、煙草なんて馬鹿馬鹿しい。

両親が夫婦喧嘩をした次の日の朝、母が「今日、夜発表がありまーす」と告げる。何、と聞いても答えない。更に父も母も微妙にすっきりした顔をしている。遂に離婚か、はたまた四番目の娘か息子ができたか。どきどきしながら高校へ行く。夜、母の口から伝えられたのは「お父さんが禁煙します!」だった。なんだそれだけか。当時はそう思った。母が父にやめさせる理由は「体に悪いから」で途中父の車から煙草の箱が見つかって「何コレ」って問い詰められて、またもやヒヤヒヤした。だけど今は全く吸わなくなった。

私のお父さんは頑張ってやめましたけどね、愛が勝ちました なんて思いながら いつかのお父さんが煙草を吸う姿を想像して 両親に愛を証明してくれてありがとうと感謝した。